徳融寺

中将姫ゆかりのもう一つの石碑

境内を歩いていると、もう一つ石碑がある事に気が付きました。こちらの石碑は中将姫ゆかりの石塔に関して触れられているようです。
この徳融寺が、奈良時代の高官藤原豊成とその娘中将姫の旧蹟であったとの事ですが、その二人の供養塔ともいえる石塔が二基、観音堂の裏に立っています。実はこちらも、戦国時代に松永久秀が奈良山に多聞城を築く時、危うく運び出されてしまうところだったそうです。松永久秀は城の建築資材として、各所の石仏や石塔を集めたそうですが、その時に当時この寺に住んでいた連歌師の心前が
「曳残す(いきのこす) 花や秋咲く石の竹」
(句意は石竹(唐なでしこ)に例えて石塔の保留を訴えたもの)
と詠んで久秀に送ったということです。
松永久秀本人も連歌のたしなみがあったので、それが間違っていたという事を悟り、石塔は没収される事はなかったそうです。もしこの時に石塔が没収されていたら、それは残念な事だったでしょう。しかし、石仏や石塔を集めて城を築くという考えは、いくら建築資材が足りないと言ってもなかなか度肝を抜きます。そのようにして建てられた城は、縁起が悪い気がしてしまいます。
この時の話を例にして、近年文化財の保護を広く呼びかけよう・もったいなさを忘れないようにしようという事で、警鐘の意味を込めて大屋根修復を行った時の記念として、この石碑は建立されたそうです。字は「エデンの海」「野の仏」などで知られた作家の若杉慧氏の書であるそうです。


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