淡河八幡神社

建国記念の日、神戸市北区の淡河(おうご)神社で行われた御弓神事(おゆみしんじ)を見に行った。参道に設けられた的に向かい、武者姿の二人の若者が弓を構えている。高校生だ。二月の寒い日で、観客は皆厚手のジャンパーやコートを着込んでいる。高校生二人は裸足で、見るからに寒そうだがそんな素振りは見せない。長い所作が続く。様々な意味や段取りがあるのだろうが、昔なら観客に対するパフォーマンスの意味もあったのかもしれない。高校生の射手が上着をはだけ、半裸になった。見据える的には「鬼」の文字がかかれており、この町の邪気や悪いものを封印する意味があると思われる。矢を放つ瞬間が来た。観客のざわつきも止まり、二月の寒さもあって、ぴんと張り詰めた空気に芯が通るようだ。放たれた矢は二十メートルほど離れた的に見事命中した。中心の「鬼」は外したものの、観客からは拍手が起こった。二人が何本か矢を撃ち、それが何組か続いた。その後は一般参加である高校の弓道部が参加した。先ほどの射手の高校生と同じ年頃であろうが、こちらはまだ雰囲気が柔らかい。射手よりも鬼に近づく矢もあるが、的を外してしまうこともある。撃った後に崩した表情を見せ、動作の後で仲間と談笑する彼らこそが、今の本当の若者の姿だろう。射手であった彼らも普段はこんな表情を見せているのだ。神事がすべて終わると、射手による餅撒ききがある。射手としての仕事が終わった安堵感からか、彼らの顔に笑顔が浮かび始める。声をかけられ、聴衆に餅を撒く彼らは普段の高校生だ。だからこそ、その前の凛とした出で立ちや所作に心を動かされた。殴り合いの喧嘩などしたことのないような今の高校生にも芯があり、そのような状況になれば張り詰めた顔をするのだ。神事そのものにもだが、今の若者の奥を見られたような御弓神事に感動した。
By Kaz(40代男性)
時期:2015年2月11日


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