泉龍寺

狛江に住んでいた私は、いつも泉龍寺の横を通って駅へと向かっていた。泉龍寺付近のちょっとした木々の間を通ることは嫌いではなかったが、それほど印象に残っていたわけでもない。あくまで近所の公園や緑地といったものの一つ、という感覚だった。大晦日。除夜の鐘がつけるということで、特に予定もなかった私は行くことにした。いつもの道のはずがその日だけはなにかが違っていた。暗闇に見える鐘楼。たかれた炎がぱちりぱちりと音を立てながら、あたりに木の燃える香りを広げている。夜とは思えない人の数。子供から老人までいて、炎に照らされた彼らの顔はどれも楽しそうで。私も高揚感とともに静かに列に並んだ。除夜の鐘が鳴りだす。厚着はしてきたので体は寒くないが、どうしても顔は冷える。その寒さに鐘の音がしみ込んでくる気がした。ああ、今年も終わりなんだなと一年の思い出が蘇っては消えていく。自分の番が回ってきた。紐を手に取り静かに鐘を振り下ろす。タイミングがズレただろうか。すこしこもったような音が響き渡った気がする。そのちょっと抜けた音が自分らしい気がしてくすりと笑った。
荻窪屋 (30代男性) 2010年の大晦日、除夜の鐘の音