慈眼院(澤蔵司稲荷)

1.安藤坂を上る

東京メトロの後楽園駅を出て、はじめに北野神社、通称牛天神にお参りしました。牛天神は、小ぢんまりとしていながらも見どころがありました。途中で通った「牛天神下」という交差点の名前に表れているように、地域の人たちにもそれなりに知られているようです。
牛天神を出た後は、安藤坂と呼ばれる坂を上りました。途中には萩の舎跡(萩の舎:明治時代に歌人の中島歌子が開いた歌塾)や安藤坂の解説があり、「解説板を設置した文京区はなかなか粋な取り計らいをするものだ」と毎度のことながら感心しました。文京区内には至る所に旧町名、旧跡や坂などに関する解説があり、読んでみると結構面白いです。
少し上って春日通りに出ると、坂の突き当たりに伝通院が見えました。このとき私は、伝通院の近くにある慈眼院にお参りしようと決めました。せっかく近くまで来て、しかも次の予定までまだ時間があるから、「初めて行くお寺にお参りしないのはもったいない」と思ったのです。

 

2.巨大なムクノキ

慈眼院の存在は、2015年7月に伝通院に行ったときから知っていました。都営地下鉄の春日駅から伝通院に行く途中、慈眼院の前を通ったからです。ただそのときは時間がなかったので、境内に足を踏み入れませんでした。「澤蔵司稲荷」という名前は、10月になって初めて知りました。
さて安藤坂を上って伝通院に着いたら右に曲がり、淑徳学園SCの前を通り過ぎると、道路の真ん中に巨大なムクノキがありました。解説によると、伝通院の鎮守であった澤蔵司稲荷の御神木だそうです。見るからに樹齢が古い木だとわかりました。しかしワイヤーのようなもので支えられていたので、巨木が堂々とそびえ立つというよりも、普通に立っているような感じでした。境内の外、しかも車が通る道路のど真ん中に御神木がある、という点がユニークだと思います。

 

3.本堂の周辺

ムクノキの近くにある入り口から境内に入ると、左手に大小二つの石碑があります。何が書いてあるのかがよくわからなかったので、写真を撮るだけにしておきました。ところが後で調べてみたら、小さいほうの石碑は芭蕉の句碑だそうです。それがわかって、偉大な俳人に大変失礼なことをしてしまったような気分になりました。
次に本堂へお参りしました。本堂は改修中で建物全体に覆いが掛けられていたので、建物の様子はわかりません。ただ、賽銭をあげたときには何とも奇妙な感じがしました。ほかにも改修中の建物があり、本堂の左前には改修のための寄付を募集する旨の掲示がありました。
本堂の右前には、赤い前掛けを着けた狐の像や観音像、子育て地蔵などがあります。いろいろな石像が集まって、にぎやかな感じがしました。

 

4.不思議な空間

本堂の右手を奥に進むと、「おあな」と呼ばれる霊窟があります。何があるのかを知らなかった私は、とりあえず奥へ進んでみることにしました。
「おあな」はすり鉢状の窪地になっていて、あたり一面に木が鬱蒼と生い茂っています。石段をすり鉢の底まで下りると朱塗りの鳥居と祠があります。祠の中には狐の像とミニチュアの赤い鳥居がたくさんあり、素朴でかわいらしい反面、厳かさも感じられました。
すり鉢の底から方向を変えて石段を上ると、小さな祠とミニチュアの鳥居が石段沿いに点在していました。こちらの鳥居はかわいらしいというよりも、どこか得体が知れず、そばにいるだけで身が引き締まるような感じです。
途中に大黒天像がありました。あまりにも多くの狐と鳥居と祠に少々うんざりしていたので、大黒天の福々しい姿を見ると、なんとなくほっとします。
さらに石段を進んで、とうとう「おあな」の一番奥にある祠に着きました。さすがにここまで来れば、一種の達成感が得られます。この祠はすり鉢の底にある祠ほど大きくはありませんが、途中にあった祠よりも大きく、奥の院のような風格が感じられました。
「おあな」のように不思議な空間は、私にとって生まれて初めての体験でした。他では決して味わうことができないと思います。

 

5.お寺なのか、神社なのか

改めて振り返ってみると、春日駅から伝通院に行く途中に、このような不思議な空間があるとは思っていませんでした。門前を通り過ぎるだけでは、境内に何があるのかがわかりません。
慈眼院のウェブサイトや境内の解説などによると、澤蔵司稲荷は伝通院の鎮守で、慈眼院は伝通院の別当寺(神社に設けられた寺)として建てられたそうです。そんなわけで、慈眼院はもともとお寺と神社の性格を併せ持っていたといえるでしょう。なお文京区のウェブサイトでは、慈眼院はお寺に分類されています。その一方で、慈眼院のウェブサイトは澤蔵司稲荷の名前を前面に打ち出しています。
お寺か神社かはともかくとして、「ユニークな歴史的背景を持つ不思議な空間で、不思議な体験をさせていただいた」―そんな思いを胸に、慈眼院の境内を出て春日駅へ向かいました。

 

(2015.10公開)