寿福寺から英勝寺へ
その日はまず宝戒寺(萩寺)にお参りして、小町通りでランチを取り、それから英勝寺へ行きました。
小町通りから横須賀線の踏切を渡り、北鎌倉の方向へ線路に沿って歩いていくと、途中に寿福寺があります。鎌倉五山の第三位のお寺です。境内が非公開ということもあり、総門からは人を寄せ付けにくい雰囲気が漂っていました。お寺を観光地ではなく、修行や行事の場としてとらえるなら、境内を非公開とするのも一理あるでしょう。ともかく寿福寺については、総門のそばにある解説を読む程度にとどめておきました。
寿福寺のすぐそばに、英勝寺があります。まず木造の立派な門が目に入りました。総門です。でもそこは拝観者の出入口ではありません。門から北鎌倉の方向へさらに数十メートル進んだところに、小さな出入口があります。私はそこから境内に入って、寺務所で拝観料を支払いました。
定休日を設ける
拝観料を支払うときに、「木曜休み」といった内容の文言が目につきました。私はこれを見て「なかなかユニークな工夫をしているお寺だ」と思いました。境内を非公開にすれば維持・保存の上では好ましいかもしれませんが、拝観者のニーズを満たすことにはなりません。だからといって年中無休で参拝客を受け入れると、境内の建物や植栽が傷んでしまう懸念があります。定休日を設けるのは、拝観者にあまり不便な思いをさせずに受け入れ、かつ境内を維持・保存するための一つの知恵といえそうです。
境内には芙蓉の花が咲いていて、残暑の厳しさを物語っています。その一方で彼岸花も咲き始めていて、強烈な暑さの中にも秋の気配がかすかに漂っていました。
見どころいろいろ
次に順路に従って、鐘楼、総門、山門、仏殿、唐門、祠堂を見て回りました。
英勝寺では、建物の屋根瓦のところどころに三つ葉葵の紋があります。注意して見ないと、うっかり見過ごしてしまいそうな感じの紋です。こうしたところに、水戸徳川家の姫が住持を務めた尼寺らしい、一種の奥ゆかしさが感じられまました。
鐘楼と総門の脇を通り過ぎて山門をくぐると、正面に仏殿が見えます。江戸時代初期に建てられたという、大きな木造の建物は、いかにもこのお寺の主役といった感じです。正面の小窓を開けると本尊の阿弥陀三尊像を拝めるようになっていて、この点がユニークだと思いました。
私が行ったときには、ガイド付きで拝観している人が数組いました。仏殿には蟇股の十二支の彫刻など、凝った意匠がたくさんあるなので、ガイドの懇切丁寧な説明を聞きながら建物を見るのも面白そうな感じがします。
仏殿の次は、唐門と祠堂です。山門や仏殿が大きく堂々としている一方で、唐門は小さいながらも凛とした雰囲気があります。祠堂は鞘堂で覆われていて中の様子がよくわかりませんでしたが、このお寺の開基、英勝院の位牌が納められているだけあって、一種の威厳が感じられました。
考えさせられる光景
ところで仏殿を拝観しているとき、「あれっ?」と思うような光景を目にしました。若い女性数名が仏殿正面の小窓を開けて、自撮り棒を中に入れて、スマホで写真を撮っていたのです。
「それって、マナー違反ではないのか?」
思わず目が点になってしまいました。
万が一スマホが自撮り棒から外れて、あるいは自撮り棒ごと床に落ちたら、床に傷がついたり、スマホが壊れたりする恐れがあります。落ちたスマホを取り出すのも大変です。建物に傷がついたら、場合によっては損害賠償という問題も発生しかねません。スマホが故障したら、修理、交換または機種変更など、何らかのコストがかかります。他の問題もあり得ます。
当の本人たちはよく言えば屈託がなく、その時が楽しければたぶんそれでよいのでしょう。万が一のことなどは、想定すらしていないのだと思います。
いずれにしても、考えさせられる光景でした。
竹林
最後に、境内の奥の方にある竹林を散策しました。まっすぐに伸びた竹が一面にびっしり生えていて、竹と竹の間に遊歩道があります。歩いているだけで気持ちが穏やかに落ち着き、森林浴ならぬ竹林浴をしているような感じです。
英勝寺の竹林は、同じ鎌倉の報国寺(竹寺)の竹林に勝るとも劣らない、立派な竹林です。報国寺の竹林がきちんと手入れされていて幽玄な雰囲気を醸し出しているのに対し、英勝寺の竹林はところどころに小さな石塔があって、素朴で親しみやすい雰囲気がありました。石塔は五輪塔の形をしていたり、五重塔の形をしていたりとさまざまですが、いずれも供養塔の形をしています。「石塔は何のために建てられたのか?」「なぜこの場所に竹がたくさん植えられたのか?」―そんなことを考えると、不思議な気持ちになるものです。
散策していると余計なことを忘れて、すっきりした気分になれるような竹林でした。おかげで気持ちよく境内を後にすることができました。
Lisa Aoki Oct 2016