虎捕山津見神社

福島市から東へ自動車で30〜60分の処にあるのが虎捕山津見神社。
こちらに参拝した時の話になります。

 

これから夕方になろうかという時間帯。野球グランド並みの広さの駐車場には、観光バスと数台の乗用車があり、私もその横に駐車を致しまして、落ち葉を踏み分けながら鳥居を潜り抜け、既に参拝を済ませた方々の横を通り過ぎながら、普通に参拝を致しました。格式高い神社でその中の厳かな雰囲気に思わず息を呑んでしまいました。

 

さて、次は土産物屋かな、と考えたところ、何やら車のお祓い用スペースの先に、歩道らしきものが見えます。
周囲を見渡すと、奥に本殿がある、との看板が。
これは行かねばと思ったところ、よくよく看板を見ると”奥まで700mあります”といった内容も書かれていますが、私は健脚と言わないまでも山歩きには自信があります。
たかだか1kmに満たないなら大丈夫、と考えてそのまま先へと進みました。

 

今日行かねば次はいつになるか?行くなら今しかない、という気持ちに後押しされながら林道を歩いて行きます。
そして5分程でしょうか。周囲は参拝客以外は歩かないのか、林道なのか獣道なのか、といった風景に。
傾斜も付いてきまして、自然の坂道かスロープか、という道のりで目印になるのはかろうじて見える土肌と、道沿いの草木にたまに結んである蛍光ピンクの紐のみです。
とはいえ、そんなのが無くても大丈夫、と考えながら先に進みました。

 

しばらく行くと、左手に3m程の大きな岩と小さな川があるのが見えました。
そして無数に積み上がった小石の群れ。
まるでここは賽の河原。そうなるとあの大岩が牛鬼に見えてくるから不思議で、この道はあの世へ通じる道かも、と冗談混じりに考えながら、歩いていきました。

 

この辺から道は凸凹してきまして、段差を乗り越えて行くところもあり、「これは登山靴、せめて運動靴で来るべきだった」と少し反省しながら乗り越えて行きます。
そこからまた5分程でしょうか。歩いても歩いても変化しない風景だと思いつつ、自然の岩が階段上になっている所を幾度か乗り越えて行き、やはり1人で来るのは早まったか、そろそろUターンすべきかと思ったところ、人工物が見えてきました。森林の中に鳥居がポツン、と。見るからに怪しいです。
しかし、この道無き道の先には鳥居があるのも事実です。
「私は狸か狐に化かされたのか」と思いましたが、ここまで来たらもう引き返せません。
私は後ろを見ずに鳥居まで行き、その横を通り抜けて、更に先へと進んで行きました。

 

そして気付けば目の前に数メートルの断崖絶壁。
なんだこれは、と途方に暮れつつ、その断崖をよく見ると縄ばしごがかかってるではありませんか。
「これを登れと言うのか…」という気持ちと、「ここまで来たら最後まで行ってやる」という気持ちが耳元で囁きながら、縄ばしごを登って行きます。

 

そして崖っぷちに手をかけて頂上に身を乗り上げて、さあ次は何が待っている!、と身構えたところで、その先に本殿がありました。
この時「俺はやったんだ!」という謎の感動で心が満たされながら小休憩を楽しんだのは、当然の事だと思います。

 

ふと周囲を見渡すと、山頂近くなのか、綺麗な山林の頭がチラホラと見えてきます。
空は明らかに暗くなりつつあり、夕暮れも終わる頃なのが分かります。
よくよく考えれば往路の時点で林道は薄暗く、少し意地になって踏破しようとして時間を意識してなかったのを思い出しました。
秋の夕日はつるべ落とし、とは言いますが、明らかにこの時間帯は危険です。

 

これは小休憩も切り上げて、早々に帰るべきか、と思ったところ、突然「オーーーィ」と云う掛け声が聞こえました。なんだ、これは?
妖かしや物の怪の類かと、思いつつ、単に疲労で風の音が幻聴として聞こえたのだろう、と考えを改めたところ、また「オーーーィ」という声が聞こえました。
それも後ろ。山の方からです。

 

私が来た道は一本道で、あちら側から人が来るような道は無かったはず、と思いながらも、それ以上は考える余裕がありません。
疲れた体に鞭を打ち、縄ばしごを登りの速度が嘘のように降りて行き、あの鳥居の横を通り抜けたところで私は愕然としました。
目の前に広がるのが草木ばかりで、来た時の道が見えないのです。
本当に物の怪の類か、そんなはずは無い、と自分に言い聞かせ、よく目を凝らして見れば、
あの蛍光ピンクの紐がポツポツと見えてきます。

 

往路で見かけてた時は鼻で笑ってすいません、と心の中で謝罪しつつ、私は駆け下りるようにして先に進みます。段差なんて気にしません。
そして後ろだけは振り向かず。何も無いと分かっていても、怖いものは怖いのです。

 

あの賽の河原のように小石が沢山積み上がった場所も脇目もふらずに進みます。
そして気付けばあの看板前に到着して、あの警告の意味がやっと分かりました。

 

山道が行きより帰りが怖いのも、行きは視線が草木を見上げるように歩けるので土肌や茎が見えますが、帰りは草木を見下ろすように歩くので葉っぱばかりで土肌が見えないせい、なのかも知れません。
だからこその蛍光ピンクの紐だったのでしょう。

 

 

後日談になりますが、本来は本殿に行く際に神社側に連絡をして行くのがルールなのですが、私は未連絡で登山した挙句、もう夕暮れ時なのに参拝客の(私の)車が残っていたことから、遭難した可能性も考えて、神社関係者の方々が捜索に来てくれたそうです。
あの山頂で聞いた「オーーーィ」という呼び声も私を探していた声で、それが後ろから聞こえたのはヤマビコ、ということなのでしょう。
山を舐めてはいけませんね。


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